その昔、『マリア様がみてる』というコバルト文庫が我々の間で読まれていました。1巻に3つの編で構成されており、文庫10巻「レイニーブルー」では白薔薇姉妹、黄薔薇姉妹の絆が深まる美しい話。ラスト1編「レイニーブルー」が紅薔薇姉妹の絆がすれ違い不穏な空気が流れた状態で次の巻へ持ち越し。11巻「パラソルをさして」発売まで、読者は悶々とソワソワと過ごすのでした。これを「レイニー止め」という。
『ニセコイ』でも、単行本5巻で小野寺さんが「キスしてもいい?」と決定的な告白をし、かつ千棘に聞かれるという。修羅場一直線という状態で次の巻へ持ち越し。6巻が出る2ヶ月、ジャンプ派は1週間、読者は悶々とソワソワと過ごすのでした。これを「小野寺さん止め」という。
読者が続きを早く読ませろと渇望したものです。「レイニー止め」が抑圧の末の開放であるのに対し、「小野寺さん止め」は抑圧の末の絶望であった。その後も、小野寺さんはね、何度もね、恋を頑張るんだけど、何か見えない力が強制発動してしまう。全てキャンセルされてしまう。
かの「幕末史の奇跡」風雲児・坂本遼馬は、昇天の龍は人々に希望を残したと言われ、その圧倒的な影響力から「龍馬が動けば時代が動く」と評された。かの「ニセコイの奇跡」ヒロイン・小野寺小咲は、昇天の天使は人々に絶望を残したと言われ、その圧倒的な影響力から「小野寺さんが動けば作者が動く」と評された。
もうね、小野寺さん派はね、何度も「いてつく波動」をくらわされ白けちゃったんですよ。どうせ千棘に全てもってかれるんでしょ、ってね。確かに千棘は可愛いし怪物ヒロインではある。今や小野寺さん派はね、ラブがコメる展開は斜めに構えちゃうんですよ。もう騙されぞって…。
騙されんぞ…!?
悶絶。
166話「タノシミ」――
安定の小野寺さんターン。それが読者を逆に不安にさせた。
いつものように、小野寺さんの幸せは絶望と表裏一体だからだ。
――が、小野寺さん。
その可愛さは有無を言わさぬ尋常を超えた迫力で漲っていた。
同時に、作者は動いた。
あからさまなフラグ
不幸へ突き落とすあからさまなフラグ。
全身が悲しみに震えている。
頬を伝うものがどこから来るのか分からない。
その間――
読者が文句を止め、ただ見守るという愚挙を、百戦錬磨のラブコメ評論家が続けたのは敬意の表れである。恋する乙女に対する慈愛溢れる振る舞い。これを犯しては、そもそもの大義を失い人ですらなくなる。小野寺さんが赤面した瞬間、致命的な可愛さ。
悶死。
一瞬、読者がそう覚悟したのも無理はない。
それ程に容易く、悠然と小野寺さんは読者のハートを射止めたのだ。
小野寺さんもまた遥か怪物!
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