『ニセコイ』163話キレハシ
あざといなって。
なんで洗濯しただけでけ白い泡まみれでビショビショになってるんだよ。
殺せんせーも「今なら抜ける!」と言ってますけど、これは確かに違う意味で抜けるね。
というわけで、9ヶ月も休んだので『ニセコイ』も物語が進んでいることでしょう。
もう、楽と小野寺さんが結婚しててもおかしくないよね。いや、もしかしたら一条小咲となって子供が生まれて、その子供を主人公に据えて『ニセコイ セカンド』がはじまってしまってるかもしれませんね。
ニセコイはどーなったか
ドキドキしながら9ヶ月分のジャンプを読みました。
まるで成長していない…
うん。一歩も進んでいない。
いや、進もうとしてはいるんだけど、「どうして初コイの相手が、オレだといいなって思ったんだ?」→「ブクブクブク…」の芸術的なコンボが炸裂してして、何か神(作者)の力をまざまざと見せつけられて気ましたね。しかも、立ったフラグは無かった事になってるし。
もう私は神(作者)を信じません。
こんな格言がある。いや、ただの一般論ですよ。昔から、神に祈る者、神を敬う者、神を知らぬ者、神を罵る者が勝者になった例はある。しかし、神に縋る者は常に敗者だ !
だから、僕は神(作者)にすがりません。
ただ、信じているのだ。小野寺さんこそヒロインである、と。
というか、千棘が転校するかもと言われても「ふーん」っていうね。案の定、千棘は転校しないでいつも通りです。それどころか、1日居候だって。花嫁修業だって。で、家事が苦手な千棘を見るに耐えなくなって「オレも手伝ってやるから」って、2人の共同作業で美味しい料理を作るのでした。
なにこれ?夫婦?挙句、お互い意識しまくりなのな。
あと一歩背中を押せばカップルになりそうな雰囲気なの。
なに?この雰囲気?
ずるい!ずるいぞチクショウ!!
何でそいつばっかり!
小野寺さんにはあんな非道いことしたくせに!
さすがのゴンさんも切れるっちゅーねん。
小野寺さんと楽は最初から両思いである。つまり『ニセコイ』という物語は最初から「王手」の状態でスタートしているのですよ。
まあね、少年誌のラブコメ漫画っていうのは「くっ付いたら、そこで試合終了ですよ」ですからね。そういう構造上の理由があって、最初から両思いの小野寺さんは、いつでもチェックメイト出来る状態でスタートしたけど、あえて千年戦争の状態にして結果を先送りにしたわけですよ。
要するにスタートラインが千棘と小野寺さんでは最初から違ってたわけ。両想いの小野寺さんのスタートラインは一歩踏み出せばゴール出来る状況。対する千棘は、出会いは最悪で、文化祭でようやく楽が好きだと気づくレベル。つまり、千棘がどんなに猛追しても遥か先の小野寺さんには追いつけないわけですよ。競馬で例えれば、20馬身ぐらい差があったわけ。
この前の阪神大賞典みたいなものです。デニム(千棘)がどんなに猛追しようと、最初からぶっちぎってたゴールドシップ(小野寺さん)には及ばない。追いつけるわけない。勝てない。
なのに…。
「お前今、小野寺と桐崎さん、どっちが好きなんだ?」
は?(威圧)
他人の恋愛事には目ざとい集の言葉である。
この言葉を聞いて、自分が好きなのは小野寺さんと思いつつ、千棘がいつの間にかでっかい存在になってるのに気づくの。
コレってひょっよしてアレだよね。
お伽話で例えればさ、「ウサギとカメ」の競争。小野寺さんがウサギで千棘がカメ。しかもこのウサギは途中で休憩しません、最初から全力疾走でひたすらゴール目指す。なればカメなど及ぶはずないでしょう。なのに…。
告白したら野球ボールが飛んでくる。
初恋の人が一条くんだったらいいなって言えば電話。
キスしてとう言えば居眠りキムチ。
全裸で混浴からのブクブクブク。
ウサギ(小野寺さん)にはゴール直前で見えないバリアをはられていて一歩も進めないの。そしてノロノロと後を追ってきていたカメ(千棘)に追いつかれちゃってるの。もう認めよう。追いつかれたんだよ!
お互いが王手をかけている。
今や千棘と並ばれてる。
そして両者王手の状態で物語が動こうとしている。
フフフフ。
我ら小野寺さん派は、別に焦っていない。むしろ、千棘がここまで追いつくのを待っていたようなものだ。ミルコとの試合を散々延期させて、ようやく闘った「PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦」のヒョードルようなものです。
ただ待たせた(引き伸ばした)わけじゃないんだよ。
千棘が追いつく時間を与えてやったんだよ。(精一杯の強がりです)
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