END ROLL
今回のホールケーキアイランド編のテーマは「家族」だったと思う。特に注目したいのは「父親」です。締めとして「食いてェ奴にゃ食わせてやる!」「話はそれからだ!」と同じ台詞と料理を出すサンジとゼフの親子。
サンジに絶大の影響を与えた父親ゼフ。
ところで『ワンピース』にとっての「父親」というものが気になる。
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ワンピでは血の繋がりの有無に関係無く父親ポジションのキャラは多いです。
『ワンピース』の父親
〝革命軍総司令官ドラゴン〟あんたのお父さんでしょ!?
麦わの一味の父親は以下のようなもの。
実の父親 | 実質的に父親 | |
ルフィ | ドラゴン | シャンクス? |
ゾロ | 不明 | コウシロウ? |
ナミ | 不明 | ゲンゾウ |
ウソップ | ヤソップ | いないかなぁ |
サンジ | ジャッジ | ゼフ |
チョッパー | 野生トナカイ | Dr.ヒルルク(故人) |
ロビン | 不明 | クローバー(故人) |
フランキー | 海賊 | トム(故人) |
ブルック | 不明 | 不明 |
恐るべきことに一味の実の父親はほとんど子供を捨ててます。
詳細不明ながらルフィを筆頭に、ウソップもサンジもフランキーも血の繋がった父親に(実質)捨てられたと作中で描かれていました。
サンジの実父ジャッジはクソ野郎だったけど、自分は改心したと受け取ったりました(あくまで個人の意見です)。ウソップは海賊になった父親を誇りに思ってると語ってました。ルフィとフランキーは実父についての追求はほとんど無し。あんま実父と関わりない傾向にある一味。
「WCI編」ではサンジの実父・ジャッジと真の父・ゼフの他にもう一人父親が登場してました。ローラ&シフォンの父・パウンドである。
WCI編で描かれた父・パウンド
第887話
シフォン…一目会えてよかった。何だか追われてる様だけども、幸せそうでよかった…!うぬはずっと心配してた。
パウンドがワンピにおいての父親像を実によく表してた(ような気がする)。なんたって、887話のサブタイトルは「どこかで誰かが君の幸せを願ってる」です。すっげー納得したんだよね。
生まれてから一回も娘のシフォンに会ってなかったが(実娘に「変態」呼ばわりされちゃったし)、それでも見守ってるぞ!幸せを願ってるぞ!ってパウンドの父親っぷり。思わず膝を打ったね。
「母親」については明確にされてました。
『ワンピース』における母親とは
母親とは
78巻のSBSで尾田っちは「母親」については以下のように説明してました。
Q:ワンピースの登場人物で、母親が不明だったり、既に死亡していたりするキャラクターが妙に多いのは何故ですか?
O:まあ。答えは簡単です。
「冒険」の対義語が「母」だからです。
ワンピ的に「母」とは冒険の反対なのである。
全てでは無いがワンピースでは母親は子供の冒険を否定するように描かれるケースが多い。
ビッグマムからお人形扱いされてたプリンちゃんを思い出しますね。最後まで海へ出る事を本人の前では反対を貫いたチョッパーの実質的な母であるDr.くれはとか。この辺は、初期の2話アルビダ編からそういう傾向があったように思う。
アルビダなんて子供・コビーの進路に立ちはだかる「母親」のメタファーのようですらありましたからね。自由を求める少年&少女達にとって邪魔の筆頭が口うるさい母親であるという隠れたメッセージみたいな。
ひょっとして尾田っちは漫画家になることを母親から反対されていたのではないかとすら勘ぐってしまうぐらいです。
もちろん母親を否定的なメタファーで描くだけでなく、ルフィとエースの育ての親・ダダンなんかは一番安否を心配してくれてるお母さん的なイメージでも描かれてます。
ONE PIECE内の母と言えば、今やビッグマムが名前的も大きな印象を持ってしまっていますが、ベルメール、オリビア、そしてサンジの過去で唯一絶対的味方であったソラ、チョッパーからすればDr.くれはも母に当たるでしょう。さらに、オトヒメ王妃やルージュなど、むしろ今回のビッグマムやマザーの方がONE PIECEの母界では異端の毒母だと感じていました。
その視点から考える「冒険の対義語が母」という言葉ですが、母は冒険を邪魔するものというよりも故郷だからではないでしょうか?>コメントより
で、父親はうるさく言わず、むしろ夢を応援する立ち位置なんじゃないかって。
父親は好きに生きれば的な…
ドラゴン
ドラゴンはルフィについて以下のような追及があります。
・「海賊か…それもいい…」(100話)
・「フフ…行って来い!それがお前のやり方ならな!」(100話)
・「思うままに生きろ、ルフィ…」(440話)
事情は不明なものの、息子・ルフィをまったく育てなかったドラゴンですが、海賊になることを肯定的に捉えてローグタウンでは見送ってました。その後も好きに生きろと発言するなど、ルフィの夢を応援してるようにも見える。
夢を叶えたい少年を邪魔するのが母親ならば、夢を叶えたい少年を応援するってイメージがワンピからは伺えます。全部じゃないけど。
父親は子供の夢を応援する?
夢を応援する
子供の夢を応援するで顕著だったのは、ゼフとDr.ヒルルクですかね。
それぞれ、子供のなりたいものをくみ取って後押しするようなこと言ってました。
【ゼフ】
「…あのチビナスを一緒に連れてってやってくれねぇか」
「〝偉大なる航路(グランドライン)〟はよ…あいつの夢なんだ」
(67話)
【Dr.ヒルルク】
「チョッパーに医術を教えてやってほしい!あいつは医者になりてぇんだ!」
(144話)
ワンピの父親は夢を応援してくれてるってケースが多い(ような気がする)。
ひょっとして尾田っちは漫画家になることを父親から応援されていたのではないかとすら勘ぐってしまうぐらいです。
また、大切なことを教えてくれることも多い。
父は大切な事を教えてくれることが多々
356話
・「おれの船じゃねぇ」!?フランキー…それだけは…言っちゃいけねぇ!どんな船でも…造り出す事に〝善〟も〝悪〟もねぇもんだ!
・造った船に!!男はドンと胸をはれ!!!!
フランキーの実質的な父であるトムさんからは、生み出した船が世界が滅ぼそうとも否定してはいけない。船に責任はない。造ったものには(どんな結果だろうよ)胸をはれと言って、初めてぶん殴りました。
トムさんだけでなく、ゼフもDr.ヒルルクも子供にここぞでバシッと教育をしているのが特徴的でもあります。父は大切なことを教えてくれるのである。これは、(父と言っていいか微妙だけど)1話のシャンクスとルフィにでもあります。
あと、「受け継がれる意志」ってテーマも父からってのは多い(と思う)。
結局、ワンピの父とは…
こんがらがってとっ散らかったけど、ワンピにいける「父親」は、子供の「夢を応援してくれる」「大切なことを教えてくれる」「受け継がれる意志」というものを感じる(気がした)。父は偉大であると。分かんないけど。
同時に、少年漫画の王道ならば子の父超えも重要だと思われ。
『ワンピース』でも父超えというものが描かれるのでしょうかねぇ。サンジはオールブルーを見つければ、チョニキは万能医者になれば、フランキーはグランドラインのゴールに辿りつけば、父超え(追いつく)になるが…。
んで、ルフィにとっての父超えとは世界をひっくり返すことがドラゴン超えなのか、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を見つけることがシャンクス超えなのか…。
ほう…!おれ達を超えるのか(1話)
ルフィの実父がドラゴンならば、ルフィに多大な影響を与えて人生の方向性を決めさせ、尚且つ夢の後押しをしたのはシャンクスである。
ひょっとしたら、父超えってのは『ワンピース』で重要な裏テーマなのかと思ったり思わなかったり。まる。
コメント
村長やガープはルフィの後見人って感じだし、
ダダンは保護者の立ち位置(そもそも性別が…)だし、
海賊として超えるべき男としての父親、ではないのだよな
ガープとドラゴンの関係も気になる。本当に親子なのかな?
ガープの台詞でルフィを『わしの息子の息子』と呼ばずに『子供の子供』と呼んでたし、
ガープの血を引いた娘がルフィの実母で、ドラゴンとガープは血縁関係がないのかもしれない。
このパウンドの回は親の愛を強く感じましたね。
辛い日や寂しい日に一緒にいてやれなかった謝罪からの祝福というとこに涙腺が少し…。
変態?といわれちゃいましたが、シフォン自体は人情に厚いですし…父親の長所を受け継いだのかなと。
父が「夢を応援する存在」として描かれている というご意見には深く共感いたしました。
しかし一方で、「母が夢を邪魔する存在」は果たしてそうなのでしょうか?僕自身、ONE PIECE内の女性像は強くたくましく美しい(コカコーラボディ)イメージを持っています。中でも、母親はその象徴的存在のような気がするのです。
ONE PIECE内の母と言えば、今やビッグマムが名前的も大きな印象を持ってしまっていますが、ベルメール、オリビア、そしてサンジの過去で唯一絶対的味方であったソラ、チョッパーからすればDr.くれはも母に当たるでしょう。さらに、オトヒメ王妃やルージュなど、むしろ今回のビッグマムやマザーの方がONE PIECEの母界では異端の毒母だと感じていました。
その視点から考える「冒険の対義語が母」という言葉ですが、母は冒険を邪魔するものというよりも故郷だからではないでしょうか?紹介されていたように多くの父親たちは子を捨て、遠くから子を見守っています。しかし、今挙げた母たちの多くは亡くなっており、空の上から見守ることしかできない。ただ、この母たちは、生を与えるだけでなく、その生き様や死に際に、夢や生き方を与えているような気がしてなりません。つまり、故郷である母を亡くし、外界に目を向け、彼らは冒険に出て行くのではないでしょうか。普通、母しか見えてなかった幼少期を経て、自らの意思と母の意思で親離れをして冒険へと繰り出しますが、麦わらの一味をはじめとするONE PIECEの登場人物は、意思とは関係ないところで母を亡くし、親離れを余儀なくされ、辛い境遇に陥ることが多くあって、ちょっとこれ以上は長くなってしまいそうなので、何が言いたいかというと、母と一緒では冒険はできない、なぜなら冒険は自立してこそ成り立つから、つまり対義語、という解釈をしているという報告でした。長々とすみません。ただ、尾田栄一郎さんは母を神格化することが多いからマザコンなのだろうか、と思っていたほどだったので、ついついコメントしてしまいました。
同感
自分も母は安らぎの地という認識だからこそ冒険の対義語になるんだと解釈しています
自分も同じ考えです。
ワンピースにおける母とは、港のようなものだと。
安心する母のいる港は、心のよりどころであり、帰れる場所。
冒険は、安心とは正反対の物。
帰る港を失った子供たちは、不安を乗り越え、大海原に繰り出してゆくということなのでは。
なっ、なげぇ。
父さんの残した熱い思い
母さんがくれたあの眼差し
ルフィの中の人つながり
嫌われ役がいないと反骨心は育たないですからね。
ウソップの父的なポジションはドリー&ブロギー(師匠と言うてますが)でも良いかもですね。
いつも更新楽しみにしております!
ルフィの実の父がドラゴンという証拠はありません。
ガープのセリフに父だという話があっただけです。
ガープの偽証を海軍とか麦わらの一味がが信じている状態です。
ドラゴンはルフィの育ての父が正解でしょう。もちろんガープとの血の繋がりもない。
ガープの娘が複数いて、その1人がドラゴンの妻で、モンキーを名乗っているのがドラゴンでしょう。
コメント欄なのでズレるけれど、表をどうぞ。
実の父親 実質的に父親
ルフィ ロジャー ドラゴン
ゾロ ギン コウシロウ
ナミ ガン ゲンゾウ
ウソップ ヤソップ なし
サンジ ジャッジ ゼフ
チョッパー ミヤギ Dr.ヒルルク
ロビン クザン オラン(クローバーの娘ロジの旦那)
フランキー ベガパンク(ロジャー海賊団の科学者) トム
ついでに母親もどうぞ
ルフィ ルージュ
ゾロ アマンド
ナミ リンリン
ウソップ バンキーナ
サンジ ソラ
チョッパー リンリン
ロビン オルビア
フランキー リンリン
コメント欄のズレを差し引いてもちょっと分からなかったです。
ベッジも父親だ
懐かしの熊犬アニメ「銀河」の2番の歌詞で「振り向けば安らぎが母親のように呼び止めるけど一度見たこの夢は誰にもやれない渡せない」ってのが有ったのを思い出した。「母」は冒険の対義語ではあっても、足を引っ張るんじゃなく安らぎという意味で冒険の逆なんでしょうね。
あと、ヒカルの碁やバクマンでは母親は露骨に夢に反対して、父親や爺ちゃんは応援するので尾田先生より大場先生のほうが夢を邪魔する母親を描いてる感じがします。
前段は同感。
たまたま最近ヒカルの碁を読んだけど、ヒカルの母親は知らない世界にオロオロしてるだけで反対はしてなかったよ。社の父親は露骨だった。
ちなみにバクマン。とは原作者が違うので小畑先生の傾向かどうかは不明。
作品の描き方に作者の考えだけじゃなく人生経験も垣間見えるとすると、また違った読み方ができますね。
超今更の亀レスですが気になった為母親についてまとめてみました。
キャラ名→実の母親、実質的な母親の順です。
間違っていたら申し訳ございません。
ルフィ→不明、ダダン?
ゾロ→不明、不明(なし?)
ナミ→不明、ベルメール(故人)
ウソップ→バンキーナ(故人)、なし
サンジ→ソラ(故人)、なし
チョッパー→不明(トナカイ)、Dr.くれは
ロビン→オリビア(故人)、なし
フランキー→不明、ココロ?
ブルック→不明、不明
そんなわけで実母親はみごと全員死亡or不明となりました。
考えたらビビもしらほしもレベッカも
父親は生きているけれど母親が死んでいます。
ベルメールさんもお亡くなりになっていることを考えると
若くて美人な母親は早死にをする説が……
あれ?ちょっとマキノさんが心配になってきたので
親衛隊出発してきます。
蛇足ですが判明しているキャラだけ兄弟姉妹を
ルフィ→エース(故人)、サボ(どちらも義兄)
ナミ→ノジコ(義姉)
サンジ→イチジ、ニジ、レイジュ、ヨンジ(順に兄、兄、姉、弟)
フランキー→アイスバーグ(義兄(兄弟子))
思っていたより一味はみんな下の子のようです。
父母の話に戻りますが、
ワンピースの父親と聞いたとき真っ先に思い浮かんだのが
白髭でした。
ビッグマムと同じ海賊の船長をしていて
それぞれ「父親」で「母親」で……(血縁有無の違い有りますが)
考えたら面白くなりそうですが自分には無理です、はい。
すいませんが投げます!
一般的に父性とは去勢、母性とは許容です。
父性は幼児的万能感を持った子供を「お前は本当は何にもできねぇんだよ」と万能感を断ち切り母親の元から社会へと放り込む役目を担います。要は我が子を千尋の谷に突き落とす的役割です。それをワンピース的には”冒険”という解釈にしてるのでしょう。
一方、母性とは「本当は何にもできないダメな子だけど、ダメさも含めて全て受け入れる」という役目です。ダメな子が社会に放り出されて傷つき帰ってきても、全てを受け入れ許容します。故に、”冒険”とは対極にあるのです。
父性だけでも、社会という冒険で傷つき疲弊し力尽きても帰って心身を癒し回復するためのホームを持たないと厳しい。
母性だけだと、ホームでずっと許容されてしまうので社会という冒険に出る機会を失いいつまでも半端な万能感を抱えるダメ人間のままです。
これを踏まえるとワンピース世界における父性の該当者はそれぞれありますが、母性の該当者は個人ではなく、各キャラクターを無償で受け入れる”仲間たち”が該当するのかもしれませんね。