ぶっちゃけ表記「ヱヴァ」としてエンタメ作品として文句なしの面白さを誇ったまんま終わらせてもそれは大団円だったしハッピーエンドだったと思うんですよね。
それなのに旧「エヴァ」と同じ『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』という表記は、最後に冷水ぶっかけて「いつまで俺の妄想・私小説に捕らわれてんだよ?いいから現実に帰れよ!」のアンサーであり禊であった(と思う)。
妄想と私小説に帰結した
変わらないメッセージ
前述したように『シン・エヴァ』は『旧エヴァ』と同じ着地点だった。
そのアンサーは「現実を生きろよ!」ってメタ的なメッセージです。
だから到達点は『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』と同じなんですよね。ただ、あの時の冷水をぶっかけて「いつまで俺の妄想・私小説にのめり込んでんだ!」的な強制プラグ出射とはまるで違った。
優しくそれでいて力強く伝えてくる「現実を生きろよ!」ってメッセージだった。
ヱヴァでなくエヴァです。ここまでヱヴァはエンタメ作品として面白いって方向へ振り切ってて、庵野秀明の妄想や私小説って部分を削ぎ落としていた。最後の『シン・エヴァ』で原点回帰にもなってた。
あれから25年以上経ちました
本日【5月22日】は安野モヨコの夫・庵野秀明監督の誕生日!
おじいさんが今年も畑で、美味しいカブが育てられますように…!担当編集(まりも) pic.twitter.com/GFphNbMmS3— 安野モヨコ (@anno_moyoco) May 22, 2018
『監督不届(AA)』を読んでる人や奥さんの安野モヨコ先生をフォローしてる人はご存知でしょうけど、庵野秀明氏は今や農業おじさんとなってる。
35歳ぐらいの「めんどくせー」「逃げちゃダメだ」「こんなクソのようなセカイ滅べ」といった尖ってた頃とはまるで別人です。あれから25年以上経過したわけです。一般社会なら定年を迎える60歳を超えて氏は丸くなったのです。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は作中の半分ぐらい、第三村の田舎で農業とかして自給自足で生きるのいいじゃんね!的な人生の帰結を描いてみせていた。人によって「?」な部分でしょう。
これが30代半ばの頃と違った庵野秀明氏の妄想・私小説のアンサーなんですよね。丸くなったなぁというのが率直な感想。30代の頃に同じ話しやったら全員溶けてたと思う。でも、あれから25年も経った。氏の妄想・私小説は尖ってた頃と違う。
『シン・エヴァ』は庵野秀明氏の妄想・私小説のFA
「現実を生きろよ!」ってメッセージだったのは変わらない。
でも、そのアプローチの仕方が全然違ったなという印象です。
農業おじさんというかおじいさんと化して悟りを開いた(と思わせる)庵野秀明氏は妄想と私小説に妄執しないでいいんだよと。もう現実に帰ろうよ!と旧エヴァのラストと同じメッセージを投げかけた。
ただ尖ってた頃と違って優しく力強く導くようなメッセージを投げかけていたのが印象的です。「現実を生きろよ!」といういメッセージは同じなのに僕ら視聴者はまるで違うように受け止められた。
そうか。25年も経ったのか。バケツに冷水入れてぶっ掛けられた時とは全然違う。でも同じメッセージを受取ったね。庵野秀明氏の妄想・私小説に付き合ってのめり込んだ僕らに、「現実も悪くないだろ?」と暖かく優しく導くような最期だった。
「ぼくたち」「わたしたちは」「「庵野秀明氏の妄想・私小説から卒業します!」」。そんな強烈なメッセージ性があった映画でした。エヴァは堂々の完結である。
というかもう60歳オーバーの庵野秀明氏が投影するのはゲンドウだったしなぁ。
松任谷由実の名曲「VOYAGER~日付のない墓標」をレイに…林原めぐみに謳わせることで、より今を生きる「ぼくたち」「わたしたち」に対する強烈なメッセージになってた。
庵野秀明氏の妄想・私小説としては100点満点中で10000000点の作品だったといえる。だけど、さまよえるエヴァチルドレン(おっさん)は作品としては納得できて咀嚼したが、いまだ成仏できん事案が発生した。
アスカと結ばれたかった
最期にユーミンの名曲「VOYAGER~日付のない墓標」をめぐ姉が謳って、なんだかんだでハッピーエンド風に終わるんだがちょっと待ってくれと。庵野さんよぉ!なに己の中でハッピーエンド風にしてるんじゃと。
ぶっちゃけ、マリじゃなくてアスカと結ばれたかった。
これがいつわざるエヴァおじさんの感想です。庵野秀明氏が農業おじいさんと化して、若かりし頃の妄想・私小説と違って今が幸せだろうとハッピーエンドになるのは別にいいんですよ。しかし、25年も付き合ったかつてチルドレンだった僕らは胃液が逆流した。
マリとかどうでもええねん!アスカとイチャイチャしたいねん!
最期に残った残留思念はこれだけ。エヴァおじさんを成仏させた物語であるが、物語のエヴァおじさんは笑って天に召した!しかしアスカ派おじさんの怨念はより強まった!である。
「ホンモノ」
アニメ放映前の漫画版巻末でこうも述べている。
シンジ、ミサト、レイがどうなるのか、どこへいくのか、わかりません。スタッフの思いがどこへいくのか、まだわからないからです。無責任だとは、感じます。だがしかし、我々と作品世界のシンクロを目指した以上、当たり前のことなのです。『それすらも模造である』というリスクを背負ってでも、今はこの方法論で作るしかないのです。私たちの『オリジナル』は、その場所にしかないのですから…
1995 7/17 雨とくもりの日に スタジオにて
この方法論とは庵野秀明氏が投影したこと。私小説であること。エヴァは諸星大二郎作品が特にそうだけど、宮崎駿作品やウルトラマンの影響を色濃く受けている。パロディのようにもなってる。
そもそも漫画やアニメや特撮が好きで影響受けて作った作品は模造品なのか(ホンモノってなんだよ)。ただ35歳の庵野氏はけっこう悩んでシンジくんに自分の心情・内面・感情・恥部・願望を全部乗せることでオリジナルになると結論した(と思う)。
そして結末どうなるか知らんと言った物語は35歳の尖ってた「こんなセカイ滅べばいい!」から、柔らかい優しくなった農業おじいさんって丸くなった果てを見た。『君の名は。』かよ!「ホンモノ」「オリジナル」の帰結は家庭を持って幸せそうに過ごす庵野秀明氏の「現実も悪くないね」である。
エヴァシリーズの物語としては最高の結末だろう。しかし、一部のアスカ派をよりこじらせる。なんだよその初恋のケジメ付けるやり取り!マリとの顛末を見て強制プラグ出射状態。ずっと心の底でシンクロしてたボクはラストのシンジくんではなかった。
アスカとイチャイチャして結ばれるハッピーエンドを見たかった。これに尽きる。エヴァって物語から開放されたおっさんは、新たな、さまよう鎧になったのだ。彷徨うアスカ派が現れた!なんと自分だった!もう成仏は無理な模様。
PS元気ですかアスカ?「胸の大きい良い女」とよろしくやってます。アスカも幸せそうで何よりです。釈然としないのは強烈なアスカ派だったからでしょう。マクロな視点では大団円でもどうにも納得できてません。おしまい。
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コメント
アスカァァァァー!!!
日本じゃあ二番目だ……
レイは母の投影(面影、亡霊、代理でも良い)。
アスカはいわゆる「初恋の人」。
マリだけが「過去を重ねない人」だから、
未来を生きる上で、マリという選択肢はく自然だと思う。
旧劇の時は宮村優子=アスカが好きだった庵野監督が
新劇との間で、宮村優子を諦めて、安野モヨコ=マリに出会た
着地点は同じに見えて
全く違うと思うけどな
現実でも夢でも一生懸命生きろ、ってことじゃないすかね
それこそ某どっかのハゲ監督が害悪な彼らに昔から変わらず口酸っぱく言ってるのと同じ
アスカ派なら同人の「RE-TAKE」はいいぞ
拳銃撃ったブス女と結ばれて
皆ズッコケてほしかった
気持ち悪い。
アスカ派ならエヴァンゲリオンANIMAでいいのでは?
マリはどう考えてもモヨコ氏の投影でしょーからそれ以外のヒロインと結ばれないのはアニメヒロインとは結ばれることはないんですよと言ってる感じがした
カヲルと加地のシーンは14年の空白の間にカヲルがネルフ司令やってた説があるみたいですね
やっとシンエヴァ見られました。
ケンケンて、加地さん風という意見もあるけど、ふしぎの海のナディアのジャンの成長した姿という意見もあって、ちょっと納得したりもしています。
アスカはナディアに似ているしね。
シンジ=自分だと思うと嫌かもしれないけれど、アスカの幸せを考えるとジャンの方が良いかなと。
ケンスケとトウジが出てきた時めちゃくちゃ嬉しかったのに、ケンケンとアスカの色々想像させられる関係を見ておいまさかと思って、アスカの「大人になっちゃった」でおいおいと思わなければラスト耐えられなかったかも
トウジと委員長が結ばれたのはめでたい
一応は完結したしエヴァ全ての終わりとしてはアリだとは思うけど、新劇シリーズとしてはラストをメタ展開にしてしまったので第三村で苦しくとも生きていくというあの件が全部台無し、ヴィレが必死に戦ったのもあの世界を護るためだったのにシンジ君が全て書き換えてしまったとしたら…
また、旧劇のようなセカンドインパクトや使徒の説明もなく、セカンド~フォースが世界や魂の浄化のためというが何のための誰のための浄化か一切説明なし(リリスとの契約がこれに相当するんだろうけどリリスと意思疎通図れるのか謎)、神殺しもメタ的に全てのエヴァを消す感じだったけど謎のまま(ゲンドウは旧劇のサードが完遂した場合の世界になった後に自分が行うというが…)とにかく何となく謎が解けた感を出してるけど、その実ほとんど前提すら明かされず、謎はただ物語を盛り上げるだけの舞台装置でしかなかったのかなと、謎を煽っておいてさすがにこれでおしまいは余にあまりなので、庵野監督以外の有志によって空白の14年や諸々の設定の回収をアニメとしてまともな形でもう何作か作って欲しいところです。
庵野監督は間違いなく天才だとおもいます
もうそれは何十年と付き合ってきた私たちが
それを見せてもらいましたから。感謝しかありません
未完とかほったらかしが多い世の中でエヴァは完結しました
まがりなりにも。どれほどの苦悩があったでしょうか
なんとなく気持ちは伝わります。それでもエヴァンゲリオンは
ほんとうに苦悩の一作だったとおもいます。みんなに吉あれ
庵野監督も旧作の劇場版の件でかなり現実のオタクにまぢのがちで
総攻撃されたらしく病気にもなってるらしいです。「一度、僕は完全に壊れました」
まぁむべなくしてそうなるんかなと考えちゃいます
なんか作品作りってほんと
心身を削らないと出来上がらないしいいものは絶対できないんだとおもいますが、それでも宮崎駿ら巨匠は庵野監督らの人間性や実力を
高く買ってるし。それで面白くないとかつまんないとかいう連中も
やっぱり庵野監督のことが好きだったとおもうんですよ。
ほんとうにここまでよく頑張ってみせてくれたなって私も
燃え尽きてしまいました。なんかすべて掌の上で踊ってるようで
実は製作者サイドが一番苦しいおもいをしてるんだなって
エヴァンゲリオンの過程をみるとわかったようなきがして
大作ってすごいですよね・・・なにもかもうまくいくような甘い
思いなんか絶対しちゃいけないんだなって
読者と作者の共有物なんだって自覚しました